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戦時下の現在を考える講座

つくば市を中心に活動する独立小グループ。2003 年イラク戦争への自衛隊派兵以降、日本は戦時下に入ったという認識を起点に、戦争と国民国家・ナショナリズムをできるかぎりラディカルに問おうともくろむ、茨城のささやかにしつこく出る杭。主に2 月と8 月に集会・デモを企画するほか、隔月読書会を開いてきましたが、今後は迫りくる<退位/X デー>を見すえて天皇制に的を絞った学習会を定期的に続行中。しかし、ほんとうに戦争が始まった。

「反戦・平和は生きているか?」(15年8月)集会報告

反天皇制運動 カーニバル』30号(第Ⅸ期・反天皇制運動連絡会、2015年9月8日発行、通巻373号)に載せていただいた去る8月の集会報告を(少しだけ措辞を直して)ここに再掲します。編集部の方々、ありがとうございました。

 

                   敗戦七〇年 一日遅れの8・15 反戦・平和は生きているか?

 八月一六つくば市での集会とデモ。一二年からの八月企画で四回目。(茨城は運動が盛んだとか仲間が多いとかいうことはなくて、主催はデモの最小の役割分担にも足らない!) つくば市立吾妻交流センターでの集会はいつもと同じ位で二十名。今盛り上がっているテーマのためか、普段運動に関わりないという方や県内でも随分遠方から来てくれた初参加者がいる。
 とはいえ「一体いつから〈反戦〉と〈平和〉は切り離されてしまったんだ?」とビラに記したように、狙いは現在の「国民」運動への内在的な(私たちもその外側にはいないから)批判にある。今回お願いした須永守さん(日本近現代史研究者)のお話「反戦・平和は生きているか―「積極的平和主義」の源流を問う」は、「平和を守るため」の国家への献身を、保守・革新を超えて戦後日本が肯定するに至る過程を抉り出してくれた。「積極的平和主義」とは本来、貧困・差別・抑圧等の構造的暴力の変革を目指すもので、そのための闘いが〈反戦〉であるのに対し、安倍のそれは矛盾をさらに直接的暴力で抑圧する「消極的平和主義」にあたるという基本を確認した上で、日本が朝鮮戦争~独立~千鳥ヶ淵墓苑建設を経て、「平和の礎」としての戦没者像を確立する経緯が辿られてゆく。一貫して重要な役を果たす靖国。戦争行為を問うことから戦没者を切り離して「尊い犠牲」と意義付ける、〈反戦〉を忘却した〈平和〉の論理は、「平和を守るため」の戦争を拒めない。いま安倍と反安倍派はこの同じ〈平和〉の奪い合いをしているに過ぎないのではないか、という怖ろしい批判がここに浮上してくる。
 続く反戦・反天・反靖国デモは十五名。加えて地方のこんなちっぽけなデモにも地元のネトウヨ的方々が少しは応援に来て下さるのである。そのまま殆どの人が懇親会まで流れてくれ深更まで賑やかに続いた。一人から主催に発せられた問いかけ「君たちはこのまま少数派であることに自足するのか?」が残る。この国の自閉と自分たちの運動のそれと、二重の自閉の中にいる自分を意識する。